大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(オ)1218号 判決

上告人

板倉岩雄

外一名

代理人

板根徳博

外二名

被上告人

千葉県

右代表者

友納武人

代理人

秋山博

外一名

主文

原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人児島平、同椎原国隆の上告理由第一点、同坂根徳博の上告理由第一点、および同椎原国隆の上告理由四について。

一原判決は、本件事故は、もつぱら、甲車を運転していた被害者板倉紀光の過失に基づくものであつて、被上告人側には乙、丙、丁車の取り扱いについてなんらの過失もなかつた旨判示し、自賠法三条に基づく上告人らの本訴請求を排斥している。

二しかしながら、原審の確定する事実関係のもとにおいては、以下に説示するとおり、被上告人側になんらの過失も存しなかつたとする原審の判断は首肯することができない。

三すなわち、原審が右判断の前提として確定した事実関係は、およそ、次のとおりである。

(1)  本件事故は、昭和四〇年一〇月一九日午前三時一〇分、自動車専用道路である通称京葉有料道路の厚木インターチェンジから千葉方面へ九〇〇メートルの下り線において発生したものである。右道路の付近の状況は、巾員一五メートル、片側二車線のコンクリート舗装道路で、東京方面へ一、〇〇〇メートル以上、千葉方面へ二〇〇メートル以上の間隔は直線平垣で、道路中央には白線の道路標示およびチャッターバーを並べた分離帯が設けられており、上下線との車両通行帯の境界線は白線で明示されている。

(2)  本件道路の最高制限速度は高速車が時速七〇キロメートル、中速車が時速六〇キロメートル、低速者が時速五〇キロメールと指定されていたが、当時は通行量がまばらで、通行車両はいずれも時速八、九〇キロメートルの高速で走行していた。

(3)  本件事故の発生する直前である午前一時四〇分ころ、本件事故現場から約一〇〇メートル東京寄りの地点で、丁車とリヤカーをひいた自転車との衝突事故があり、乙、丙車は、その実況見分を担当する警察官が乗車して現場に来ていたものであるが、本件事故の発生した時には、すでに、その実況見分を終了し、セイフテイコンを片づけ、帰署しようと、関係者一同が乙、丙、丁車に分乗し終つた時であつて、交通規制も解除され、交通状況は正常に復していた。

(4)  丁車は、下り線の第一通行帯の道路線から車体の左外側まで0.8メートルの位置に、千葉方面を向いて駐車していた。丁車の巾は、1.695メートルで、右外側は道路線から2.495メートル(通行帯の境界線まで1.245メール)離れていた。右実況見分終了後、丁車が警察署へ赴くため発進準備中、甲車がその後部に衝突して本件事故となり、その結果、丁車は約一二一メートル下り線を走り、道路線のガードレールに衝突して停車した。

(5)  乙車は、右実況見分終了当時、丁車から千葉方面へ約二〇メートルの上り線第二通行帯に、東京方面に向つて駐車していたが、鈴木佐四郎巡査が運転席に、高島武男巡査が助手席にそれぞれ乗車し、前照灯を点灯し、上り線左側道路縁一杯に寄つたのち、ハンドルの切り替えを行なつて右折し、第二通行帯(上り線)に入り、センターライン近くまで進み、前照灯で丁車付近を照射する位置に方向を転換しつつあつた際、本件事故が発生した。

(6)  被害者松倉紀光は、甲車を運転して東京方面から千葉方面に向けて下り線を時速約一〇〇キロメートルで進行してきたが、本件事故現場付近に至つてはじめて乙車が前照灯で弧を描きながら上り線内を照射し、ハンドルの切り替えを行ないつつセンターラインに近づいてきたのに気づき、乙車がセンターラインを越えて下り線内に進入するものと即断し、これとの接触を避けようとして、漫然甲車を道路の左側に寄せて進行したため、道路縁近くに駐車していた丁車の後部真後ろに衝突し、火を吹きながら右手に鋭く斜行し、約七二メートル走つたのち、上り線の中央辺に停車した。

四右確定事実によつて本件衝突事故の情況をみると、当時丁車は、左側は道路縁から0.8メートルを残し、右側は通行帯の境界線まで1.245メートルを残す位置に停車していたというのであるから、その停車位置は、本件道路のかなり左側寄りの位置であることが明らかである。このような位置は、夜間、しかも前記のように比較的交通量が閑散な自動車専用道路において、時速一〇〇キロメートルで走行する自動車が通常走行する位置とは思われない。しかし、前記認定事実によれば、甲車は、丁車の後部真後ろに衝突しているのであるから、甲車は、道路の走行位置を中央線寄りから側線寄りに移行して進行し、その結果、丁車の真後ろに衝突するに至つたものとみなければならない。それでは、甲車はなに故に路線を左に移行したかを考えるのに、他にその原因とみられるべき特段の事情の認められない本件においては、原判決も判示するように、乙車が反対車線において転回行為をし、その前照灯が甲車の前方の路面を照射したため、乙車がセンターラインを越えて進入してくることを予想し、これとの衝突を避けようとの考慮から、この挙に出たものとみるのが自然である。原判決は、本件事故を、もつぱら、甲車を運転していた紀光の速度違反および前方注視義務道反の過失によるものとしているが、もし甲車が制限速度で走行していたならばこの事態が避けられたであろうと断定できる資料はなく、紀光が通常の注意をもつて前方を注視していたとしても、乙車の前照灯が照射する中で、さらにその前方にある丁車または丁車の尾灯を正確に認識しえたと断定できる資料はない。そうであれば、このような位置に丁車を停車させておいた情況のもとで、乙車が前記のような転回行為に出たことに過失がなかつたか否かが問題とされるべきである。

五そこで、以下乙車の運行上の過失について考察する。

本件道路は、自動車専用道路であるから、自動車は、一般に、横断し、転回し、または後退することを禁じられている(道路交通法七五条の六)。緊急自動車については若干の除外規定が設けられてはいるが(同法七五条の九)、転回行為を許す明文の規定は、法令上存しない。緊急自動車については、その目的の緊急性に応じて、右除外規定を弾力的に解釈する余地もないではないが、自動車専用道路における車両の転回行為を禁止する前記法条の趣旨に照らせば、たとえ緊急自動車であつても、かかる例外的行為に出るときは、特段の注意を払い、通常の事態を予想して通行している一般車両の走行に危険を与え、事故を誘発することを末然に防止すべき注意義務があるものといわなければならない。ところで、緊急自動車とは、法令の定める自動車で、当該緊急用務のため、政令で定めるところにより運転中のものを指し(同法三九条一項)、警察用自動車については、犯罪の捜査、交通の取締りその他の警察の責務の遂行のため使用するものであつて(道路交通法施行令一三条一号)、緊急用務のため運転するときは、特段の必要がある場合を除き、法令の定めに従つて設けられたサイレンを鳴らし、かつ、赤色の警光灯を点灯することを要するものとされている(同施行令一四条)。法令が、このような規定をおいているのは、緊急自動車がその特別の用務のために他の車両に優先して道路を進行することを保障する一方、その進行を一般の車両等に警告することによつて、それから生ずることのあるべき危険を未然に防止しようとするにあるものと解される。本件において、事故現場での実況見分を終了して帰署しようとしていた乙車にいかなる緊急の用務があつたかは、原審の確定しないところであるが、かりに乙車にそのような緊急の目的があつたとしても、いやしくも、一般車両の転回行為が禁止されている自動車専用道路において、かかる転回行為をしようとする場合には、反対車線を走行してくる車両に対して、これを予知させ、もつて、右車両が突嗟の措置に窮し思わぬ事故を招来せしめないよう少なくとも、法令に定められたサイレンを鳴らし、かつ、対向車両の進行を急激に妨げないような時機と方法を選んで転回行為に及ぶべきであり、また、本件のように、事故現場の実況見分を終了して帰署する場合においては、交通量に応じ、車両の転回行為の終了するまで交通規制をし、あるいは居合わせた警察官をして乙車を誘導させる等、乙車の異例な行動から生じうべき事故を未然に防止すべき何らかの措置を講ずるのが当然である。まして、本件事故の発生したのは夜間であつて、乙車の前照灯の動きは反対車線を走行してくる車両の視界を妨げるおそれがあり、加うるに、反対車線の前方側縁には丁車を停車させていたのであるから、乙車の運行には、さらに一そうの慎重さが要求されて然るべきである。しかるに、原審の確定するところによれば、当時、乙車あるいは丙車がサイレンを鳴らしていた様子はなく、すでに、現場は交通規制も解除されており、居合わせた警察官らは、すべて車両に分乗し終つていたのであり、乙車は、反対車線を甲車が高速で進行して来たにもかかわらず、その直前で転回行為に及んだというのであるから、たとえ紀光の運転に重大な過失があつたとしても、乙車の右運行は、なおかつ危険な行為というほかはなく、その運行には、前記説示の趣旨において過失あるを免れないものというべきである。

六そうであればこの点について何らの説明を加えることなく、ただ単に、本件事故はもつぱら紀光の過失に起因するものであつて、乙車を運転していた前記鈴木巡査になんらの過失もないとし、乙車の使有者である被上告人の自賠法三条に基づく責任を認めなかつた原判決は、同条の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべきであり、この違法は、原判決の結論に影響することが明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件は、右の点についてさらに審理を尽くす必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条を適用して、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(岡原昌男 色川幸太郎 村上朝一 小川信雄)

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